著書など(米田明)
この文章は、平成10年(1998年)9月から12月にかけて、京都中央信用金庫様発行の機関誌『中信サクセスウェイ』に掲載されたものです。
ある日のA社の社長室にて
| 社長! 先般よりお話ししておりました得意先送迎用の車が入りました。 | |
| おお、そうか! で、どんな車にしたんだ? | |
| 今たいへん人気がある車だそうで、RV車というんだそうです。なんでも、オートマチックとかいって誰でも運転ができ、四輪駆動とかいって大変馬力があってどんな道でも走れるとか。 | |
| いや、別に山道を走るわけではないけど。……で、装備は豪華なんだろうね。 | |
| そりゃあ、そのクラス最高のグレードのものにしましたので豪華です。ウインチという装置まで付いているそうです。 | |
| 何だね、そのウインチというのは? | |
| 何でも、いざというときに役に立つ装置だそうで、普通なかなか装備しないそうです。 | |
| そうか。いや、何にしても、今まで送迎用の車を持たなかった当社としては少し肩身の狭い思いをしてきたが、これでやっと胸を張ってお得意先のお迎えにあがれるな。よし、部長、良くやってくれた! |
皆さん、この会話をお読みになってどう思われましたか?
内容におかしな点がいっぱいあることにお気付きいただけたことと思います。
“コンピュータ”ばら色の闇
一応、答え合わせをしてみましょう。
車にそんなに詳しくない人でも、得意先送迎用の車にレジャー用のRV車はちょっと……と思うに違いありません。まったくもって現実にはこのような会話はあり得ませんし、送迎用にRV車を買うなどということもありません。(もし、社長と部長が知らなくても、社内の誰かが異議を唱えるはずです)
ところが、コンピュータの世界となるとこのようなミスマッチが頻繁に起こりうるのです。専門の教育を受けたり個人的に大変興味を持って勉強した……というような人でない限り、はっきりいってコンピュータの世界はブラックボックスなのです。
車の世界でいえば、RV車どころか乗用車とライトバン、軽自動車と普通自動車、バスとトラック……といった基本的な違いさえわかっていないレベルの方々が多いのです。しかもやっかいなことに、コンピュータに明るい社員がいない中小企業(それも小規模企業)の経営者や管理職の方に多いのです。
PCと職務
経営者や管理職の方々は、必ずしも車を運転できる必要はないと思います。もちろん、運転できればそれに越したことはありませんが、運転できることより用途に適した車を選択できる眼を持つことの方が重要です。
なぜなら、用途に合わせて、どのクラスの、どのようなタイプの車を必要としているのか、また、必要なオプションは何かなどをしっかりと見極め、適合させることが要求されるからです。
コンピューティングは自身を映す鏡
自動車と違い、コンピュータの運転は大変難しいと思います。ワープロソフトや表計算ソフトの使い方がわかっただけではコンピュータを使えることにはならないのです。ワープロや表計算が使えるようになったというのは“AT車で100メートルほどまっすぐ走れた”というレベルだと思います。
車は「人を運ぶ、物を運ぶ、しかも歩くよりも速く目的地に到達する」などというように、目的がはっきりしていて、はっきりとした結果を確認することができます。
ところがコンピュータは大変フレキシブルであるが故に、「何でもできる、何かできる、何とかなる」といった曖昧な目的や漠然とした結果を求めがちです。
このようなわけで、ワープロや表計算のレベルで、「コンピュータを使った」あるいは「使っている」と一安心している方が少なくありません。
(最近はインターネットができたら「コンピュータを使っている」という方も多くなってきました)
トレンドの中でこそ正しい“眼”を
世の中にたくさんあるパソコン教室では中年の方々が悪戦苦闘されている姿が珍しくありません。また、本屋さんのパソコンコーナーでいろいろな本を物色しておられる年輩の方々もよく見かけます。
そのようなご経験をお持ちの方も決して少なくないと思いますが、如何でしたか?
パソコンは使えるようになりましたか?
会社の業務に役立つような使い方ができるようになりましたか?
米国に比べて日本のパソコンの普及はこれからです。さらにネットワークシステムとなると、その導入率はきわめて低いのが実状です。
いいかえると、間違いなくコンピュータ、なかんずくパソコンの普及はとどまるところを知りません。(昨年から今年にかけてはパソコンの出荷数量に少しかげりが見えましたが、根底にある導入ニーズはいささかも減ってはいません)
またインターネットをはじめ、コンピュータを取り巻く通信技術革新は、ものすごい勢いで進化しています。そのような中でますます“コンピュータの運転”は難しくなってきています。“運転”だけではなく、“車選び”も難しくなってきています。このようなときにこそ、難しい運転技術の習得より、全体を見る眼を養うことや、基本的な知識を身につけることが必要です。その結果として、自社にとって最適の情報システムの構築や、ベストの使い方を得ることに展望が開けるものと思います。
間違いだらけのコンピュータ選び
だいぶ以前に、『間違いだらけの車選び』という本がベストセラーになりましたが、きっと車を買う人が何らかの疑問を持ち、もっとしっかりとした“眼”を持ちたいと思ったからではなかったのでしょうか。
ひるがえって昨今の状態を見れば、“間違いだらけのコンピュータ選び”という本がいつベストセラーになってもおかしくないと思います。しかしそうならないのは、まだまだ間違いに気付いていない人が多いからなのでしょうか。
メーカーや販売会社のいうがままの戦略にのせられて導入してしまうさまは、まさに海外でブランド品を片っ端から買いあさり、ヒンシュクをかう若いギャルの姿そのものです。
この夏、「Windows98」が発売になりましたが、訳もわからず「ウインドウズ98でなければパソコンじゃない」などと言う人を、苦々しく思っているのは私だけでしょうか。
秒進分歩
コンピュータを中心とする情報通信技術の発達、技術革新の勢いはとどまるところを知りません。なかでもパソコン関連の変化は通常の技術革新のスピードをはるかに上回る勢いで展開しています。
春の新学期シーズンに、夏・冬のボーナス時期に、と1年に3回繰り広げられるパソコンの新製品ラッシュ、それに追随するような形で展開されるソフトのバージョンアップ、まさに家電や自動車を凌ぐ頻度で新製品が市場に投入されています。
そして各企業のPR合戦をはじめ、雑誌やテレビ・新聞等のマスメディアによる製品情報、技術情報の洪水は間違いなく消費者の消化不良を招いています。
一般に製品情報が多いことは選択肢が広がりユーザーにとっては望ましいはずですが、このような情報の氾濫はかえって消費者を混乱させる結果となっています。
マイクロソフト、ウインドウズ、インテル、ペンティアム、マック、デジカメ、カラーレーザー等々、毎日耳に入ってくる言葉は枚挙にいとまがありません。
そしてそれらの言葉を知っているという(実は中身はよく知らない)いわゆる耳年増の方々が増えているのも事実です。
すべての情報に耳をふさぐというのは論外ですが、あふれる情報の中から自分や自社にとって重要な情報を如何に取捨選択するか、そしてその中身をどこまで知るのかということが重要なのです。
企業の情報システム構築
企業の情報システム構築に必要な知識や技術、あるいは観点というものは一体なんでしょうか。私は3つのポイントを挙げたいと思います。
- 経営目標・戦略、業務革新、組織改革等、情報化と密接な関係にあるこれらに関するもの
- システムの構築・運用に関する知識・経験、ネットワークやデータベースに関するシステム技術
- それらに関する最新の製品知識・技術
ではないかと思います。
今多くのユーザーはこれら3つのうちで製品情報に傾斜し踊らされているのではないでしょうか。あるいは、システム技術と製品技術を混同しているのではないでしょうか。
自社内でやるべきこと、外部の力を借りるべきことを見定め、企業の情報システムはどうあるべきかについて、大局的、経営的視点から、改めて問い直すべきではないかと思うのです。
企業の情報化を推進する上で一番大切なものは何か。それは実は、上のポイントの1つ目なのです。
コンピュータは“魔法の箱”?
企業にとってコンピュータは電話やファックスと同じように業務を行う上で不可欠な道具となりつつあるのです。しかし、電話やファックスと大きく異なる点が一つあり、そのことがコンピュータの導入や運用を難しくさせているのです。
それは一体なんでしょうか。
ひとことで言えば、“目的”です。
電話やファックスはその使用目的は明白です。電話が顧客管理をしてくれるわけでもなければ、ファックスが文書を作成してくれるわけではありません。しかし、コンピュータは顧客管理にも文書作成にも使えるのです。
いわば使い方一つで何にでも威力を発揮する“魔法の箱”なのです。
だから、やっかいだとも言えるのです。
コンピュータは“ただの箱”?
その昔(といっても数年前ですが)、『コンピュータ、ソフトがなければただの箱』と言われたことがあります。いま、ソフトの重要性は誰もが認知していることで、ソフトの入っていないコンピュータなど存在しないと思います。しかし、その導入目的、運用目標などが明確になっていないコンピュータは多いのです。
「コンピュータの1台くらいなければ格好が悪い」とか「これからはパソコンも使えないといけないから買った」「人から勧められるままに導入した」などというケースは決して少なくないのです。そして、そのような場合たいてい「最新型のいいヤツを買った」となるのです。
果たしてそれでコンピュータの有効活用ができるのでしょうか。できているのでしょうか。
『コンピュータ、目的なければただの箱』になってしまってはいませんか?
手段と目的
中小企業にとっての情報システムの構築は、“言うは易く、行うは難し”なのです。しかし、企業がこれからの厳しい状況のなかで生き残っていくためには、情報化は避けて通れないのです。
経営目標や経営戦略を明確にし、それを実現させるための業務革新や組織改革を行っていくプロセスで情報化を捉える必要があります。
- 何を目的としてコンピュータを導入するのか。
- また、どのような段階を経て情報化を推し進めていくのか。
- そのためには、現状の業務や組織をどのように変革していくのか。
- 社員の教育をはじめ、経営者も含めた意識改革・スキルアップをどのようにしていくのか。
など、検討しなければならない課題は多いのです。
大げさに言えば、ビジネスプロセスリエンジニアリング(BPR)の一環として、情報システムの構築を考える必要があるということです。単なる横並びの意識で安直に導入し、多大なコストを掛けた(あるいは今も掛かっている)割には効果が上がらない、いわゆる失敗事例は数多くあるのです。
経営的見地からその目的を明確にし、明確なシステム構築ビジョンを描くことを怠っているなら、それは巷にあふれるコンピュータ情報に踊らされ、最新のコンピュータを導入したという自己満足を無駄な費用を投下して得ているに過ぎないのです。
定型業務と非定型業務
『コンピュータ、目的なければただの箱』
前にこのフレーズを書きましたが、ではもう少し具体的に“目的”について考えてみたいと思います。“経営的見地からその目的を明確にし、明確なシステム構築ビジョンを描く”ということはどういうことなのでしょうか。それを考えるにあたって、実際の業務形態を見てみましょう。
各社それぞれ業務内容が違い実態もまちまちですが、大きく分けると“定型業務”と“非定型業務”の二つに分けられると思います。
すなわち、定型業務とは、誰がやってもほぼ同じ結果が得られる仕事で、例えば、経理処理における仕訳・転記・集計や販売管理業務における売上・請求・売掛金管理などルーチンワークといわれるものです。
一方、非定型業務とは、処理する人の意思が関係するもので、「昨年の5月から8月までの売上を集計して今年と対比してみよう」とか「原価を○%、固定費を○%ダウンさせると損益分岐点がどうなるか」など、その時々の状況によって処理する内容が変わってくる業務をいいます。
この定型業務と非定型業務のいずれをコンピュータの手を借りてするのかが大きな分かれ目になるのです。
コンピュータ処理といってもこの定型処理と非定型処理では、その処理方法やシステムの構築方法が大きく異なってきます。
つまり、“どれかのキーを押したら自動的にやってくれる”のか“使う人がコンピュータに何らかの指示を与えて求める結果を出す”のかの違いです。
一般的に売上/仕入管理業務、財務会計/経理業務、給与計算業務などは、その手順が決まっていて、誰がやっても同じ結果が出ます。またそうでないと困ります。
この定型業務に対して非定型業務は、その処理をしようとする人の意思と目的があり、その意思と目的に基づきやり方がその都度変わります。いわゆる○○分析とかシミュレーションとか呼ばれるものがこの範疇に入ります。
安楽早正
定型業務をコンピュータ化するのは非定型業務にコンピュータを活用するのに比べれば簡単です。手作業でやっていたことをそのままコンピュータに載せればいいのです。
その場合の“目的”は‘安楽早正(あんらくそうせい)’です。
‘より安く、より楽に、より早く、より正確’に処理できればいいのです。
この場合、コンピュータは単能機となります。つまり、伝票発行機であったり会計機や給与計算機であったりするわけです。使い手はそのアプリケーションソフト(業務用ソフト)の使用方法(操作手順)をマスターすればいいのです。
道具としてのコンピュータ
それに対して、非定型業務にコンピュータを活用しようとすると、先にも述べましたように、使う側の人間の意思をコンピュータに伝え、処理方法を指示しながら作業を進めなければなりません。つまり、コンピュータを単能機として使うのではなく、‘道具’として使うのです。
そして、求める結果を得ようとすると、その‘道具’を使いこなさなければならないのです。ですから当然のことながら、使い手は目的と求める結果をハッキリと認識している、その処理方法を熟知している、使うコンピュータやソフトについて十分な知識や経験を持っていることなどが必要とされます。
道具にもいろいろ
定型業務に使うコンピュータと非定型業務に使うコンピュータを‘自動釘打ち機’と‘かなづち’に例えてみましょう。
‘自動釘打ち機’は釘を打ちたい場所に持っていってセットし、ボタンを押すだけで、瞬時に、まっすぐに、正確に釘を打ち込みます。大した経験を必要とせず、‘自動釘打ち機’の操作さえ覚えれば誰でも同じように釘を打つことができます。
それに対して‘かなづち’で釘を打つには多少の熟練を要します。はじめはまっすぐに打てませんし、手を打ってしまって痛い思いをすることもあります。しかし、熟練してくると‘自動釘打ち機’より早く打てるようになります。しかも、釘を打つだけではなく、釘を抜いたり、針金を伸ばしたり、土をほじくったりすることもできます。
‘自動釘打ち機’は釘を打つことしかできませんので、釘を抜く場合には‘自動釘抜き機’を、針金を伸ばすには‘針金伸ばし機’を、土をほじくるときには‘土ほじくり機’を買わなければなりません。(そのような機械があるかどうかはともかくとして)
目的にあった道具を選ぶ
定型業務に使うコンピュータと非定型業務に使うコンピュータは、まさに‘自動釘打ち機’と‘かなづち’の違いがあるのです。そしてその違いは、単にコンピュータそのもの、すなわちハードウェアの違いだけではなく、ソフトウェアの違いでもあるのです。(むしろ、ハードよりもソフトの違いです)
定型業務と非定型業務のいずれに使うことを目的とするのか、あるいは両方という場合もあるでしょうが、まずそれを決めることが肝心です。
釘を打つというただそれだけの目的のために‘かなづち’を買ってきて、いつまで経ってもうまく釘が打てず、血豆ばかりこさえている人をよく見かけます。
ビジョンの明確化と具体的アプローチ
定型業務か非定型業務かの使用目的をはっきりとさせた上で、次に重要なことは明確なシステム構築ビジョンの策定と具体的アプローチの検討です。
現状の業務の流れとコンピュータを導入したときの流れの整合性をどのようにとっていくかということです。単に業務の流れだけではなく、組織、人事など、経営全般にその検討は及びます。
さきほど、定型業務をコンピュータ化するのは簡単だと言いましたが、実際には各社各様のそれぞれの業務にピッタリと合ったアプリケーションソフトウェアはなかなかありません。従って、コンピュータを仕事に合わせるのか、仕事をコンピュータに合わせるのかということが問われます。将来的なことまで考えると、組織全体、業務全般の改革まで考慮しなければなりません。
このことは、非定型業務でも同じです。いやむしろ、非定型であればあるほど、しっかりとした業務プロセスを把握して、‘道具’を使いこなせるだけのスキルが必要となります。
従って、安直な導入が失敗を招くといわれるのはそこのところなのです。「コンピュータを導入したがために非効率になった」「融通が利かなくなった」「かえって人手が掛かるようになった」等々、失敗例は枚挙にいとまがありません。
コンピュータの導入ということは経営全般に関わります。組織全体、業務全般の改革まで視野に入れて検討する必要があります。よって、中小企業の情報システムの構築には、社長が深く関わることが必須なのです。
経営的見地からの導入
“経営的見地から導入の目的を明確にする”“明確なシステム構築ビジョンを描く”ことの重要性をお判りいただけましたでしょうか。
‘自動釘打ち機’にしろ、‘かなづち’にしろ、これからの企業経営には必要なものです。そしていずれも使いこなせば便利で不可欠のものになります。
どうか、慎重かつ果敢に検討されて、『役に立つコンピュータ』を使っていただきたいと願ってやみません。
(1998.12)
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